Bonjour.

明治の装幀史の中において、橋口五葉は外せない存在の一人です。特に知られている業績が、夏目漱石の著作の装幀と、「胡蝶本」と俗に評される、一部の愛書家から垂涎されている叢書の装幀です。そんな訳で、装幀家としての側面ばかり注目されがちな五葉ですが、版画にも後年心血を注いでおり、髪を梳く女の多色木版画は、五葉を知らずとも、どこかで見た記憶のある方も少なくないと推測します。一方で、「蔵書票」の制作に五葉が関わっている事実を知る方は、専門家を除いてそう多くはないはずです。実は、漱石の随筆集の中で、五葉作の木版画蔵書票が刷り込まれているのです。ただし厳密には、「蔵書票を意識した版画」なんですけどね。。

※※必要な部分のみ切り出して紹介しておりますので、途中から動画が始まっている場合がございます。まずは動画からご覧になり、補足をお読みください。

漱石の随筆「漾虚集」の中に、件の蔵書票?があります。(動画の中で漾虚集を倫敦島と申しておりますが、間違いです)。私の所有しているこちらの本は、ぽるぷ出版という、名著の復刻を手掛けていた出版社からのものです。初版本では木版画で作られている一方、復刻本はオフセット?と推測される印刷によるもので、木版独特の素朴な摺りの具合が上手く再現されていないのが残念です。ロンドン帰りの漱石は、現地で蔵書票の情報も仕入れてきた模様で、その独特の表現に興味を持って五葉に制作を依頼したものと考えています。

余りテキストで補足することも無いのですが、要は「蔵書票なのに、名前を記入する箇所ないじゃん」ってな訳です。書票にも大きく二種類あって、最初から所有者の名前が刻まれているものが多数を占める一方で、紋章用語でcompartment(区画などの意)という空欄に、自筆で名前を記入するタイプのものも存在します。いずれにせよ、所有者ないし、所有者が判別されるような印が示されることが書票の絶対条件ですので、今回のようにEX LIBRIS(誰の蔵書であるかを示すとされるラテン語)を版に刻むだけでは、その用件を満たしたことにはならないのです。もとより漱石は、書票を一枚の挿絵として使用している事実を理解した上で、五葉に制作を受注した可能性が高いです。五葉も何も考えずに漱石の注文通り、木版画に謎の文字列EX LIBRISを刻んだ光景が、ありありと浮かんでくるようです。

おわりに

所有者が分からなくたって、蔵書票は蔵書票だと主張しようとする方々に、私から申し上げることは何もありません。各々が考える蔵書票の在り方を考える一つの機会になったとしたなら、私としては本望です。それでは、メルシー、アビアント、ボンジュルネー!!!

※動画の最後で言及した通り、橋口五葉が三越の広告関係のコンペで一等賞を獲得した際の図案を添付致します。みつこしタイムスは、当時三越の顧客向けに配布された小冊子で、表紙絵はイラストレーターの先駆けである杉浦非水が手掛けています。私としては、こちらの図案の方が一等好み。明治44年刊行。

ご興味がございましたら、youtubeのチャンネル登録にご協力頂けますと幸いです。動画の全編は下記となります。ご参考までに。

LE PETIT PARISIEN

(恐らく)日本で唯一の活動をしています。

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